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今時は子供向けのアニメでだって、喧嘩やリンチなど、かなり凄惨な暴力シーンは多いと聞くが、あいにくと瀬那は そういうものにはまったくもって免疫がない。自分への痛みのみならず、ブラウン管の向こうの他人が痛いのにまで身がすくむほど、感受性の豊かな子だったからで。わざわざ親から言われずとも観ないように避けていたし、ともすれば某N○Kのニュースでだって、惨劇を告げるものだと悟ればついついチャンネルを変えていたほどの徹底振り。そしてそして、幼稚舎時代からのずっと、あの白騎士学園に通っていた上、本人は知らぬこととて…そりゃあ頼もしい“お兄様”が陰ながら守り抜いていて下さったがための、これ以上はないほどの純粋培養下にあった少年であったものだから。そんなほどにも慣れのないことへ、こんな至近で接することになろうとは、一体どうして思うだろうか。
「俺が聞きたいのは“後ろ盾”だよ、後ろ盾。」
がらんとして だだっ広い空間に、ムロと呼ばれていた男の声が響く。気の早い初夏向けのジャケットに、浅いラベンダー色のシャツと、腹がパンパンに張ったズボン。悪巧み太りという手合いだろうか、本人はただ、体の重心を傾けての立ち姿のまま、尋問の声を荒げているだけ。
「去年の初っ端、一年だってのにいきなり黒美嵯を仕切ったんは、お前一人の思いつきや働きじゃああんめぇ。」
大したタマがいなかったのは事実だから校内の制覇はあっさり収められたとして、その後はといえば。さして勢力を伸ばそうとするでなし、卒業生だの近所の溜まりだのの関係筋の方へ“顔つなぎ”の挨拶に行くでなし。じゃあとこっちから向かおうにも、放課後になればとっととどこかへ姿を消して、あまり当地には居着かない、何とも行動の不可解な新しき“総領”であり。
「誰に言われてのここいらの張り番なのかを吐けって言ってんだ。」
彼の行動をざっと浚えば、校内でのゆすりやたかりを封じたのみならず、時折ではあれ、JR前の商店街だの街道沿いの盛り場だのに現れては、やんちゃ者が騒いでないかに目を配ってもいる。同世代との喧嘩にならばあっさりと勝って、二度と騒ぎを起こさないと誓約させては場を収めており。特に言い触らさせなくとも、余裕でこなされるそんな締め方には、周囲の連中だって簡単に状況を認めていて、昨年からのここいらの顔はこの十文字だということになっていて。金やら何やらせびられる訳でもない静かな統治には不満も出ないまま、今やその名がお守りになって不良避けになってるほどのご威光だとかで。
「白騎士にパイプがあんだろがっ、ああっ? 調べはついてんだ、黙ってたってどうにもなんねぇんだよっ。」
こっちの面々にしてみれば、黒美嵯高を締めるのなんて さしたる大事ではないが、問題はそんな地の利を生かしてた“白騎士学園”への接触の方。だから、そこからの後辿りをして…可能性として浮かんだのが、ずっとカモにして来たそちらさんからの抵抗勢力が、いよいよ動き出してのこの混乱なのではなかろうかということ。育ちのいいお坊ちゃまばかりの学校、脅されたって成す術を知らず、言うがままになってた“美味しい獲物”だったのに。多少は賢はしっこいのが現れて、自分たちが“賭け”の対象になっているだなどという不名誉な現状を知るに至った。そんな連中が生意気にも何かしらを企てての、この流れだということなのかも? 遅まきながら、それへと気がついて。取りつく島が無さ過ぎる硬派な十文字への“付け馬”にと、自分の手駒だったこちらのひょろりとした後輩を差し向けて調べさせ、それでやっと判ったのが、時折『R』というクラブに顔を出している彼だということ。そこで声を掛け合っては話し込んでいるのが、どうやら白騎士の生徒であるらしく、結構目立つ風采をした金髪痩躯の上級生。ただし、こちらもまた見かけによらず手ごわくて、どんなに調査の網を張っても一通りのプロフィール以上は素性がなかなか掴めない。直に声を掛けようとすれば、どういう“偶然”なのかいつもいつも恐持てのする連中にからまれ返されて、逃げ帰るのがオチと来て、一向に捗はかが行かない始末であり。
『そいつが連絡を取る“つなぎ”か何かだと思うんだがな。』
どうにも糸口が掴めない中、付け馬くんの視野に入ったのが、やはり白騎士の、こちらは小さな小さなお友達。十文字とは明らかにカラーの違う、大人しそうな少年で。どう見ても単なる気の合う同士という普通の“お友達”つながりらしかったものの、尻尾が掴めず業を煮やしているムロに急っつかれ、それでと進言したのが、こっちの彼を人質にしての尋問で。セナの携帯からの、
『某所にて、この彼とお待ち申し上げております。ご心配ならお独りでお越しを。』
なんてなふざけた呼び出しへ、そりゃああっさりと呼び出しに応じた反応のよさには、ムロまでが驚いたらしかったが、
『別にね、この子じゃなくとも、見ず知らずの人間でも呼び出せたと思いますよ?』
こういう策謀には一枚上手だったらしい、ナイフの彼が笑って、さあそれからが…またまた手間の掛かること掛かること。
「強情な奴だな。」
何をどう訊いても口を開けない。数人掛かりで腕や肩を羽交い締めにされ、体の自由を封じられた上での、殴る蹴るという加虐を一方的に受けながら、それでも頑として口を割らないままの十文字であり。アメフトで鍛えているからと言ってはいたが、だからこその頑丈さが、粘り強さが痛々しい。頬の骨の上やら鼻などは腫れ上がりかけているし、口の中が切れたのか、顎やら頬やが鮮血に塗り潰されてもいる。簡単には気絶しないのも、苦痛の声さえ上げないのも、きっとセナがますます怖がるだろうと、そうと思っての我慢なら、せっかくのその気遣いまでもが尚もセナを苦しめる。
“ボクが人質になってるから…。”
ホントだったらとっても強い人なのに。初めて逢ったその時も、このくらいの体格で喧嘩馴れしていた相手を3人も、自分は無傷のままでそりゃあ鮮やかに伸のした人。短く刈った金髪を掴み上げられ、顔へ頭へ、拳が飛んでも声さえ上げない。さすがに腹を蹴り上げられると“ぐうっ”と低く呻いたが、それでも食いしばって堪えている。
“…ごめんなさい。”
ボクのことなんか庇わなくていいと、言えたらいいのにと悔しくて悲しくて臍を咬む。自分がうっかりしてなけりゃ、こんなことにはならなかったのに。そんな自責の想いも手伝って、怖くて怖くて体が動かないセナであり。見ているのさえ怖いけど、それではあんまり…彼に悪いかもしれない。そうまで逃げてはいけないと、胸がつきつき痛むのを必死で堪えて、顔を背けずにいるセナだったが、
「ダメですよう、ムロさん。」
不意に。自分のすぐ傍らから、どこか間延びした声が上がって、痛めつけの手が止まる。あまりの強情さには、7、8人掛かりの拷問側も結構疲れて来ていたのだろう。
「何がだ。」
どうもこの“付け馬”野郎は、人を小馬鹿にしているような態度がいけ好かない。とはいえ、人に警戒させない立ち回りようの見事さはピカ一でもあり、それが今時の要領のよさとか取り入り方なのなら、頭の痛いこったよなとあからさまに溜息をつくと、どこが不味いのか言ってみなと訊いてやる。
「ですからね。その彼みたいな昔風の頑固者は、どんなに本人を傷ぶっても口なんか割りません。頑として耐え抜くことがまた、強さや誇りみたいなもんだからです。」
僕には到底真似なんか出来ませんけどねと付け足してから、腕を伸ばして来て、
「…っ!」
引き寄せたのがセナの小さな身。ハッとしたのはセナだけでなく、
「…よせっ!」
押さえつけの手が緩んで床に倒れかけていた十文字が、端の切れた唇を歪ませて、振り絞るような声を出す。それを見て、にまにまと笑ったひょろ長い“付け馬”くん、
「ほらね? こうした方が効果は絶大なんですって。」
言いながら、自分の懐ろへと抱え込んだセナの鼻先へ、再びさっきのナイフをかざして見せる。
「ほらほら、とっとと吐かないと、このこの可愛いお顔にも、お揃いの傷をつけちまうよって。」
十文字の方を向いていたのは最初だけ。本当に今にも触れそうなくらい、セナの顔の間近へと、ナイフの切っ先を近づける彼であり、
「〜〜〜〜〜。」
怖くて怖くて、でも。あんなに頑張ってくれた十文字くんに、これ以上の負担になっちゃいけなくて。唇を噛みしめて堪えれば、
「あらあら、こっちの彼も頑張るねぇ。でもさ、そんな震えてたら、当たっただけでも切れちゃうよ? ほら。」
ひやりと。冷たい感触が本当に触れて、セナの我慢も限界だったか。ヒッと、声にならない短い悲鳴をほんの一瞬上げてしまった。そして、それが全てを決めてしまったようでもあって。
「やめろっ!」
セナの悲鳴よりも、もっと悲痛な声が上がる。
「言うから…誰に何て言われたか、話すから。だからその子はもう、家へ返してやってくれ。」
疲れても挫けてもいないし、自分の身がどうされても耐え得るだけの自信はあったが、どう見たってか弱くも体力の無さそうなセナが哀れでならず。何よりも、自分の身を切られるよりも辛かったから。自分と知り合ったばっかりにこんな目に遭い、しかも守り切れなくてすまないと、ただただ口惜しげに唇を咬んだ十文字だった。
◇
随分と手間のかかった“尋問”だったが、電池が切れたかのように抵抗も辛抱も辞めた十文字が、今度は打って変わってそれはなめらかに語り始めて。場の空気も静まり返り、まだまだ陽も高い、初夏の昼下がりだというのに薄ら寒いほど。
「相手の判んねぇメールが来るんだ。言う通りにすりゃあ女を紹介してやるってな。」
「女ァ?」
意外な条件に、ムロの表情が怪訝そうな仏頂面に膨らんだ。
「この期に及んで、デタラメ抜かしてんじゃねぇだろな。」
胡散臭いという声を出すものの、
「それこそ今更だろがよ。」
十文字は突き放すように笑ってから、
「今日はどこそこで張ってろとか、何組の誰某から目を離すなだとか。そういう指示があって、それへと従や、ご褒美だってメールがあって。時々だが、聖キングダムのお嬢様を紹介してくれんだよ。…そうさな、そんな伝手があるってことは、白騎士の誰かがやってることなんかも知れねぇな。」
俺もいちいち気にしてなかったからなと苦笑して見せる。高い天井にあるのだろう、大きな窓から差し込む光が、時折薄陽に陰るのは、風があって雲が通るからかなのか。冷たい床にじかに座らされ、殴られたところがあちこち腫れ上がり始めている顔が何とも痛々しい。結局は自分のせいで、彼が最後まで守ろうとした誇りまで挫けさせたことが、セナには辛くて悲しくて。不自由な両手で口許を塞ぐと、何とか嗚咽をかみ殺してはみたが、涙は止まらないままに頬を灼くばかり。セナのそんな態度もあってだろうか、
「…そうか。よーく話してくれたよな。」
深く疑いはしなかったか、ムロがねぎらうように言ってやり、そして、
「…っ!」
気の緩んだ瞬間を狙ったか、実は自分だって腕っ節には自信があるのだと言わんばかり、大きく引いた腕を繰り出し、強情っ張りだった青年の腹を思い切り殴りつける。虚を突かれたこともあってか、
「十文字くんっ!」
セナの悲鳴が届いたかどうか。呆気に取られたような表情のまま、とうとう意識を失ってしまった彼であり、
「…信じるんすか? あんな言い分。」
真っ青になったセナの頭越し、ナイフ男がムロへとそんな声をかけている。こちらの彼は、何かと周到な分、他人へもあまり信用を置かない性分であるのだろう。余計な運動しちまったぜと、腕を振ってるムロはといえば、
「こういう筋肉馬鹿にはとっさに複雑な嘘なんてつけねぇからな。半分くらいはホントだと踏んでいい。」
ふんっと息をつき、本当はここまでをお前が掴んで来る筈だったんだぞと、相手を睨むと、
「ガセだったとしても、だ。何も今日中に急いでケリつけにゃあならんこっちゃねぇ。その連絡とやらが本当かどうかは、こいつから連絡させりゃあいいだけのこった。」
ちろりとセナを見下ろして、
「断ったらどうなるか、今度こそ身に染みたろうからな。」
何が言いたい彼かは通じて、
「そっすねぇ♪」
ナイフ男がべったりした笑い方を返す。つくづくと馬鹿な奴だ、他人がどうなろうと関係ないじゃんかよな。まあま、ムロさんほどの出世頭さんには、英断出来ない奴の優柔不断さなんて判んないでしょうから。勝手な言いようをしていた彼らだったが、
「…にしても喧しいなっ!」
少し前から遠くに聞こえていたヘリの音。何だか…どんどんとこちらへ近づいてやいないか?
「なんですかね。」
「事故か何かの取材だろうよ。」
昼間のワイドショーとかで、スクープですなんていって流すのに、映像押さえてやがるんじゃねぇの? バラバラバラバラ…無気質なままに空気を叩く、ヘリコプター独特のあのローターの回転音は、すっからかんの空き倉庫の中には却って響いて喧しく、
「…………っ!」
「はい〜ぃ? 何ですて?」
とうとう、がなり合いの会話となってたところへ、パッと。今度は、正に一瞬にして辺りが真っ暗になった。
「な、何だなんだ!」
「停電か?!」
「照明でんき点けろっ!」
突然の、しかも冗談抜きに自分の鼻先さえ見えないような、分厚いフェルトででも目隠しをされたかのような、深い深い真っ暗闇。都会の、どこかに必ず光源がある夜陰しか知らない連中には、まずは経験がなかろう事へと浮足立って狼狽する周囲へ、
「慌ててんじゃねぇよ。照明なんざ最初っから使ってなかっただろうがよ。」
一応は窘めたムロとやらだったが、何も見えていないのは同じこと。しかも、相変わらずの爆音も頭上では続いており、いきなりやって来た嵐の襲来もかくやという様相になってしまって。
「………まさか。」
胸に沸き立ったいやな予感が形を取るのに何秒か、かかってしまったのが後になっての命取りとなった。爆音と、手下共の慌てふためく声やら足音やら。明かりはどこだ、壁のどっかにスイッチがあんだろ、いってぇーな気をつけろっとばかり。誰もが浮き立ってる中に、
――― がらがらがらがら………っ、という。
何だか妙な音も混じっていて。重々しいそれが何の音かを、結局は解析出来ぬままであったけど、
「…っ! 三宅っ! チビを確保しとけっ!」
「はい?」
「そっちも、そいつから目ぇ離すなっ!」
こんなどたばたの中でいきなり言われてもと思いはしても。この場の指揮者、逆らっては自分が何をされるかというところが一応は判っているのだろう。手下らしき面々が慌てて元いた場所へと戻ろうとし、三宅と呼ばれた青年に至っては、呆然としたままで さして動いちゃいなかったのでと。傍らのソファーへと手を伸ばしたが、
「やたっ! こっち、確保終了っ!」
少し離れた先からそんな大声がしたのと同時。
「…重い〜〜〜。てめぇっ、また筋肉つけやがったな。」
反対側のやや遠くからは別な声。そして、そんな聞き馴染みのない声へ、いちいち首を振り向けての右往左往をしていた彼らへと、
「初めましてだね、黒幕さん。」
穏やかな声がかかったと共に。にっこりと笑っている、制服姿の青年の姿が闇の中、何本かのハンドライトの光芒の中へと浮かび上がる。確かあそこの制服は、こっちのおチビさんが来ている白い開襟シャツか、若しくは濃紺の詰襟ではなかったか。なのに…どうやってだか、突然眼前へと現れた、その美貌と均整の取れた長身とで超有名な、白騎士学園高等部の生徒会長さんが着ていたのは、脛すねまでありそな長い丈の純白の詰襟にズボンという見慣れぬ一式。知る人ぞ知る、応援団仕様の生徒会役員&執行部専用“戦闘服”であることは…外部の人間で尚且つ、運動部関係者ではない者にはあまり知られてはいなかったから仕方がないのだが、まあそれはさておいて。
「人質は奪還させていただいた。まあ、こんな暗がりでの話も何だ。恐らくは状況も判ってやいないんだろうしね。」
余裕綽々、絵に描いたような笑顔のまんまでそうと紡いだ彼が、かっちりとした肩の上、長い腕をゆるやかに頭上まで差し上げて、ちょっぴり芝居がかった段取りで“ぱちん”と指を鳴らしたならば。
「わっ!」
「うおっ!」
今度もまた瞬時にして、光が構内に戻って来る。もしも外から見ていた者があったなら、真っ黒な遮光素材の大きな大きな暗幕で、四方をぴったりとくるまれていた倉庫が、いきなり天井から風呂敷でも解くように姿を現した、壮大な仕掛けを見ることが出来たに違いない。その割に、中から出て来たのは煤けたただの古倉庫だもんだから、何か大舞台の仕掛けのリハーサルかしらねと、見かけた人の関心もすぐに逸れたことだろうが。物理攻撃のような光の再来に、目元を覆った面々だったが、もう一つ気づいたのが、
「…音がしねぇ。」
それもまた凶器のようだった威力の、あれほどの爆音で頭上を飛んでたはずのヘリのローターの音が、気がつけば、まるきり聞こえない。キョロキョロと辺りを、頭上の天井を見上げ見回す面々へ、
「僕らは素人だからねぇ。」
桜庭会長、どこか楽しげに目許を細めたまま、言葉を続ける。
「足音も気配も潜めての、こんな明けっ広げなところへの潜入なんて到底無理だ。だから逆の手を取らせていただいた。」
凄まじい爆音と、とんでもない大きさの暗幕とを、数台のヘリコプターでもって此処へと運ばせ、訓練を受けた専門の降下部隊の補佐の下、彼ら全員が天井の上へと取り付き、天窓から中へと入って、作業用だろうド太いチェーンだの鉄骨剥き出しのタラップだのを伝って階下まで降り立った…という次第であり。
“もっとも。人質救出にはちょいと荒っぽいこともやらせていただきましたが。”
構内の状況は特製の赤外線スキャン装置にて確認出来ていたから、誰がどこという配置は掴めていたけれど。最も優先されるのはセナや十文字の身の安全。盾にされては意味がなく、破れかぶれとばかり、混乱の中で危害を加えられては話にならない。よって、瞬時に掻っ攫う必要があった“人質”はどうやって攫い返そうか、そこまでは専門職に任せるかい?と、手早く段取りを固めていた最中へ、
『それは俺が。』
絶対に引かないと、そりゃあ鋭い表情を見せたのが、この顔触れの中では自分よりも高見よりも上背のあった、例の長髪のでっかい一年生。大好きな先輩を、事もあろうに卑劣な手で私欲のために攫ってっただなんてと、そのお怒りは皆に劣らぬくらいの頂点へと達していたらしく、
『こいつの運動能力なら、俺が保証する。』
それに、こうまでいきり立っているのを押さえとく方が大変だという苦笑をしながら、もう一人の一年生が言葉を添えて。彼らを知っているらしき金髪の諜報員さんも無言のまま顎を引いて見せたので、そっちは彼ら二人に任せることにし。
『浮足立ってると思うし、向こうは完全に視覚を奪われているからね。』
中は真っ暗闇で、こっちの気配になんか気づきもしないで、全速力で真正面から、避けもせずにぶつかって来るから、それへは重々気をつけてという注意を受けて、暗視スコープを渡されての“先鋒突入班”を受け持った水町と筧の一年コンビ。手筈は口頭で教えられたのみという、正にぶっつけ本番であったにも関わらず。フックのついたワイヤーリールを天窓近くのキャットウォーク…これも作業用の高い高い鉄骨の足場に引っかけると、そこから十メートル近くはあったろう地上部までを。半端なジェットコースターなんか置き去りになるだろう勢いで、一番最初に一気に滑り降りて来ての人質奪還を見事こなして下さった。
「…み、水町くん?」
何が何やら、急襲を受けた暴漢たちと同じレベルで、今一つ状況が判ってはいなかったろうセナがガタガタと震えているのを“可愛いなぁvv”と腕の中に抱きすくめ、
「もう大丈夫だかんね♪ ほら、お兄様だって来てるから。」
リールのブレーキのタイミングは、プロが上で見ていてくれたとはいえど、こんな凄まじいことを素人がいきなりやってのけられる筈はなく。なのになのに、ケロッとしている辺りの運動能力とそれから、度胸の桁が並外れて違うんだなぁということ、後日になって あらためて思い知らされた皆様だったりもしたのだが。
“…アメリカに帰ったら、海軍の特殊部隊へでも入りゃいいんだ、ああいう奴らは。”
こらこら、蛭魔さん。スティーブン=セガールさんですかい。(マニアな話ですいません。)こちらは、筧くんが着地と同時にバネを利かせて飛び掛かり、まだ押さえてた一人二人を、長い脚をぶん回して蹴たぐっての救出を果たした十文字くんを、やっとのことで手元へ取り戻せたことへほっと安堵の吐息をついて、
「よく覚えてたな、特製ポケベルの使い方。」
蛭魔がしょっぱそうな顔で、それでも安堵の声をかけてやっているところ。
「ま〜な。」
そもそもは、今度逢ったら返すつもりで持ってただけの、今時の十代の若い衆には見たことさえないかも知れないモバイルアイテム。いよいよNTTもサービスを終えるそうですが、携帯電話がまだまだ“災害出動中の自衛隊の通信アイテムですか”と思えるほどにデカくてゴツかった時代には、これが女子高生たちの必帯アイテムだったんですよ、お嬢さん。液晶の窓がついてる小型の電卓か携帯型の非常ブザーみたいな小さな機械で、外出中の相手を捕まえたい時に、こちらは電話で番号を指定すれば目的の相手への“ベル”が届く。受信した人は液晶の表示を見れば、此処へ連絡を請うという番号がでるのでそこへ出先から連絡を入れる。そういうシステムのそもそもは“ビジネスアイテム”だったものを、女子高生たちは彼女らなりにおしゃれに使いこなした。相手へ送るその番号を、語呂合わせの文章とし、今元気?、寂しいのなどという、メールの先駆け、短いメッセージ用のアイテムとして活用し始め、それがまた爆発的に流行った流行った。ポケベル会社も工夫を凝らし、数字しか送れなかったもの、カナ文字も送れるようにまで改良し、テレフォンカードとポケベルとソックタッチは女子高生の三種の神器とまで…いや、呼ばれてはいませんでしたが。(苦笑) やがて とある町工場のおじさまが、携帯電話用のバッテリーケースの小型化に成功しなかったなら、まだまだ健在だったろうこのポケベルも、今の御時勢が語るように、あっと言う間に小型・薄型・多機能な携帯電話に席巻されての衰退は速やかで。…いや、こんなことをご説明したいのではなくってだな。ここへと呼ばれて来たその時に、外で“用心のために”と携帯こそ没収されたが、こっちは…それこそ電卓かデジ音ツールだろうとでも思われたらしく、ポケットに残ってたものだから。何度目かに殴られての倒れざま、何とか手を伸ばすと緊急用にセットしておいたボタンを押した。続けての番号さえ押せないが、何らかの電波を発信させたのが、丁度蛭魔が“索敵用”に広げていたアンテナへと引っ掛かり、それで位置が割れたということならしくって。
「チビの携帯でこいつに連絡を取ったのがまずかったな。」
セナが何の目的で攫われたのか。それを追ってた際中に、内容は不明ながらもそんな通信があったこと、その道の達人である誰かさんが、中継局のデータをハックして突き止めていたからね。確かに顔見知りで親しくはあったが、電話やメールをやり取りするほどじゃあない。なのに、なんでまた十文字に連絡をした彼なのか。そしてその直後に消息を絶ったセナであるのか。
“そして…当の十文字くんもまた捕まらないと来てはね。”
そこからこの展開がやすやすと悟れた皆々様であり、ある意味、罠にかかったのは相手の彼らの方でもあった訳で。
「僕らの可愛い弟くんにこうまで怖い想いをさせたんだ。その報復は受けてもらわないとね。」
それまでの華麗な笑顔を少々意地悪く斜めに構えて、ふふんと笑った桜庭会長へ、
「そ、そんなこと出来んのかよっ!」
相手もなかなかしぶとくて、懸命にがなり声を上げ、言い返して来る。
「お前ら、判ってのか? 暴力行為なんて騒動起こしたらどうなるか。此処で叩きのめされたって、俺らはそんなもん少しも堪えやしねぇんだ。」
「そうですね。あとンなって困るのはあなた方の方じゃないんすか?」
ボスの威勢へ、ナイフ男くんが尻馬に乗る。
「新聞沙汰にでもなったらどうしますよ。」
くすすと笑った彼の後、
「お前らが通ってるほどの名門校がその名前を穢すとなればよ、卒業生たちだって悪し様に言われんだ。そんな真似が出来んのかよ?!」
せいぜい怖がらせようとしてか、いやに風呂敷を大きく広げたような、そんな言葉を継いだムロだったが、
「状況が判っていないのはあなた方のほうですよ。」
銀縁のメガネの蔓を指先で押し上げながら、落ち着いた声を発したのは、やはり白い詰襟姿の高見さん。
「名家の人間、有名企業の御曹司。確かに、不祥事を起こしたという形で名前が表立っては困ることでは、普通の高校生以上に不味いのかもしれない。」
相手の言い分は判っていますとちゃんとなぞってやってから、
「………でもね。」
誠実そうなお顔がくすりと笑えんで、
「こんな時にこそ使わないでどうしますか、そんな肩書や境遇を。」
歌うように楽しげに、ちょっぴり肩をすくめてそんなことを言い放ったから、
「はぁあ?」
これへは、相手も…すぐには理解が追いつかなかったらしかったが、
「その気になって手を伸ばせば“警視庁”にだって届くんだよ? 僕らの持つコネってのはさ。」
すぐさま桜庭さんが続けた判りやすい言いようへ、たちまちのうちに、機転の利くクチたちが青ざめてゆく。
「言っちゃ悪いけど、いかにもな成りや立場の君らの言い分と、君が言ったような立場にある僕らの言い分と、大人たちはどっちを信じると思う? いや、どっちを信じたことにして運んだ方が、大人たちの世界でも後腐れがなくてまとまりがいいと思うかな?」
あちこちから苦情や圧力や何やが山のように飛び交って、責任の所在がどうのこうのと手回しの手間がさんざ飛んでからやっとの処分。そんな手間暇かけるより、
「大した被害は出ちゃいない。ましてや…いかにも裏がありそな風体の君らの申し立て。それこそ僕らが“知りません”と白を切り通せば、何もなかったことにだって出来ると来れば。」
「…っ!」
一番に飲み込むのが遅かったらしいムロが、今度こそは…ぐうっと喉を鳴らして赤くなった顔を歪めた。
「此処への突入だって、プロに任せても良かったのをそうしなかったのはどうしてだと思う? 揉み消すのに手間がかからないようにだ。専門家が動けば、様々に許可のいる仕事なだけに、ビジネスとしての業務報告が必要になるからね。そんなものを残してもらっては困るから、極力、僕らだけでやってのけた。」
きっちり言い切った桜庭さん。ふふんと笑った強かなお顔は、なかなか堂に入ってたものの、
“そんな阿漕をするつもりは、毛頭ございませんけれど。”
高見さんが心の中で苦笑を一つ。確かに出来なかないけれど(おいおい)、今回の場合はそこまでする必要もないこと。無理から連れ去られて手錠まで掛けられていたセナと、暴行を受けていた十文字から証言は取れるのだし、何のことだと白を切ろうたって、それこそそうはいかないのが、
「組織の後ろ盾があるからって強気でいるみたいだけれど。
○○会の槙原さんて知ってる? 若頭の。
さっき電話して彼へ訊いたら、こんな騒ぎは知らないって言ってたよ?」
さして手のかかっていない話だと言わんばかりに、殊更さらりと言ってのけた桜庭さんだったが、効果は覿面てきめんにあったらしく、
「う…。」
ムロとかいう頭目が、ますますのこと、いかにも苦々しげに表情をしかめた。正確に言うと、訊いて下さったのは…すぐ傍らで十文字くんの怪我へと応急の手当てに当たっている諜報員さんで、父上のお仕事の遠い遠いつながりがあってのことだそうだけれど。
“若頭どころか、御大である組長の柴島老にまで伝手があるっていうのには驚きましたが。”
彼のお家の場合は、お父上がほんの一代で財を成しただけあって、今時の勢力にも顔が効く何やかやを“奥の手”としてお持ちだったということか。
「誰ぞが勝手をしているようなら、
ウチへの遠慮は要りません、好きにお仕置きしてやって下さいってサ。」
「くっ!」
いくら馬鹿でもこうまで聞けば、どっちに軍配が上がったかは明白で。ソファーの脇に立っていた、三宅と呼ばれてさんざんセナを怖がらせていた青年が、手からナイフを取り落としながらその場へ崩れ落ち、他の面々も顔を見合わせあうと押し黙るばかり。………だってのに、
「…それがどうしたってんだっ!」
丁度足元に転がっていた鉄パイプを拾い上げ、むくむくと膨れた腕をわざわざ剥き出しにする腕まくり。
「こっから逃げ切れりゃあ何とでもなるんだよっ! 言っとくが俺は、これでも剣道や居合いじゃあ名を馳せた腕っ節なんだ。そこいらの口先だけの半端野郎と一緒にすんじゃねぇ!」
一応の啖呵を切ったつもりなのだろうが、要は…此処からさえ逃げ出せば何とかなると、暗部へもぐってほとぼりが冷めるまでやり過ごそうと構えた者の悪あがき。しかも例えに出したものがまた悪い。剣道や居合い…と来れば、
「………。」
期せずして…そぉっと皆して振り返ったのが。彼らの一団の中、これまでのずっと、黙んまりを通し続けていた、黒髪の屈強精悍なお兄様。突入した際にはそれなりに働いて、暴漢たちを黙々と何人か薙ぎ倒したりしつつ、それでもずっと黙っていた。やっとのことで、こうまでの至近でセナくんの姿を見てさえも、その表情は堅く凍ったままの揺るがぬままであり、
「…進〜〜〜、手加減はしようよね?」
ふざけたつもりはなかったが、そんなお声を掛けた桜庭会長の気持ちも判らないではないほどに。そりゃあもうもう、色んなものが胸の裡うちにて燻っていたらしく。相当なる濃度で練り上げられてもいるのだろう憤怒や何やが、今や…重々しいオーラとなって彼の身を包んでいるかのような殺気さえ感じてしまった皆様であり。
「………。」
そんな彼もまた、そこらに落ちていた鉄パイプを拾い上げると、自然と道が開いた仲間たちの間を颯爽と、凛然と顔を上げたままにて進んで来る。やはり純白の、裾の長い詰襟制服は、昨年、高校総体の応援に行った先で見た勇姿のそのままに。軍服のように折り目正しく重々しい制服の、その直線的な制約に負かされす鎧われず、むしろその、無駄なく鍛え上げられたる雄々しくて頼もしき肢体を支える精神力の、気鋭の冴えと重厚さとを強調するばかり。それでも多少は窮屈だろうから、脱ぎ捨てるかと思いきや、きっちりと掛けられた幾つものボタンさえ外さぬまま、ちょいと馴れのないものだろうパイプの端を、木刀か竹刀の柄のように、大きな手でぎゅぎゅうと握り絞っての正眼の構え。軽く腰を落として、背条は真っ直ぐのいかにも正統派な身構えに、一瞬相手も怯んだか、息を呑んで見せたものの、
「へっ!」
無造作にも片手で掴んでいた鉄パイプ、ぶんと振り上げると風を切っての打ちすえにかかる。結構な重さがあろうに、それを連続で高々と振り上げては振り降ろせる腕力と、一つ一つを楯にと翳(かざ)したパイプで弾き返されても次々に、息をもつかせず軽くはない打撃を的確に落とし続ける、その勘のよさはなかなかのもので、
「ほらほら、どうしたよっ! 坊っちゃんガッコの剣道屋の実力ってのはこんなもんなのか?」
がきん・ごつがつと、重くて痛々しいまでの打撃音が延々と続く。鍛え上げたる体格では進の方が断然勝まさっているが、こんな場での実戦、作法もルールもない形での対峙ともなると、お行儀のいい剣では敵わないものなのだろうかと。大きな水町くんの懐ろに庇われたまま、セナがついつい小さな手を握り締め、固唾を呑んで見守る中、
「こんだけの顔触れが揃ってなけりゃあ殴り来めねぇ。
親掛かりの“後ろ盾”を持って来なけりゃ何にも出来ねぇ。
そんなガキが意気がってんじゃねぇんだよっ!」
冷静に見守ってた皆様が“おいおいおいおい、あんたはどうなんだ”と呆れた一喝へ、そんなもんは最初っから、聞いてさえいなかった“白騎士の鬼神”が、かっとその双眸を見開くと、何度目かにぶんっと振り下ろされた一撃を…かつんと、こちらから跳ね上げた。あれほど、それこそ渾身の力で振り下ろし続けていたに違いない鉄パイプが、涼しく聞こえるほどの“キンッ”という軽やかな音でもって上へと跳ね上げられていて。しかもしかもその後も、
「がはっ!」
最初の一撃が決まったのが、腕が上がってがら空きになった脇腹。返す刀で次が逆の脇へと、左右に打ちすえられたことで“ぐりんっ”と回ってしまい、こっちに向いた背中へも一閃。そのまま向こうへ逃げを打ったら たたらを踏んで、前へとつんのめるのへと進み出ての、逆手の振り下ろしが叩きつけられ。そして、
「ひぃっ!」
眼前へと迫った壁。後がないと、慌てて振り返った巨漢の剣士もどきへ、だが、
「………。」
どういう訳だか、進はとどめの一撃を加えない。元の正眼の構えに戻ったままで、ひくりとも動かない彼であり、
「…ははぁ〜ん。」
何を察したか、怯えかけていたムロが気勢を盛り返した模様。
「これだから行儀のいい坊ちゃんは困ったもんだよな。」
ホッとしたのか薄ら笑いさえ浮かべつつ、偉そうな口調を取り戻し、
「抵抗出来ねぇ相手へは、攻撃出来ないってのかよ、おい。」
甘い甘いとせせら笑った彼だったけれど、
「…大丈夫なんか?」
こちらも同じことを思ったらしい十文字が訊くと、執行部長さんが苦笑する。
「そんな甘い奴じゃありませんて。」
「そうそう。そんなほどの手加減が要るほどの相手だったら、最初から手合わせしないっての。」
彼をよく知る白ランの二人がにんまりと笑い、それとほぼ同時に、
――― ……………っ!!
一体どういう加減で入ったスイッチなのか。恐らくは、見守るセナが吸い込んだ、か弱い吐息が聞こえたか。鋭く切れ上がったその目許、深色の眸が瞬いたかと思うや否や、
「…っ!」
ひゅんっと。風を切った鉄パイプの切っ先が、ざくりと。ムロの着ていたジャケットの肩口を深々と切り裂いている。そろそろ初夏めき暑いから、薄手のそれを羽織っていたのだろうけれど。一応の仕立て、芯地も入れば肩にはパッドだって入っていただろうそこを、刃のないパイプでざっくりと、一直線に切り裂けたのは彼が合気道をたしなむ身なればこその技。
「…え?」
何が起きたか、間近すぎて分からなかったムロ本人以外は。あんぐりと口を開けた連中が、そのまま…少しでも遠ざかろうとしてだろう、逃げを打つよにごそごそと動いて見せていて。そんな周囲へ注意が逸れたムロの鼻先へ、次の一閃が鋭い疾風に乗り、鎌いたちのように宙を走る。
「…あ?」
何とも間の抜けた声を上げた彼の手元で、ジャケットの袖が肘から輪切りになったまま、手首のところまですべり落ち、
「………ひ、ひぃいぃぃぃぃっっ!!」
これでやっと、自分へどんな剣が降りかかっているのかを彼自身も理解したらしい。今のところはどこもさして痛くはないが、切っ先のないものでの斬撃が、ずっぱりと布を切り裂くということの恐ろしさ。どれほどの集中力と気合いによる、威力のある剣を振るわれているのかを、やっとのことで理解したらしいムロとやら。その手元から鉄パイプを取り落とすと無様にも尻餅をつき、魔物にでもあったかのような情けない顔になって尻で後ずさる。
「意地の悪い攻め方ですよね。」
「まったくだ。そもそも最初の一撃、反撃に出た脇への払いで、ホントだったらあっさり伸せてた筈だろうに。」
「あれですよ。我慢に我慢したもんだから、そんな簡単に気絶させては腹の虫が収まらないと。」
「結構、根に持つタイプなのかもだね、進も。」
彼をよく知る、幼なじみ組の二人の至って暢気な会話へと、
“………あの進がねぇ。”
そんなまで執念深いことをする奴だとは思わなかったがと、さしもの蛭魔が呆れ、十文字や筧が顔を見合わせる。緊迫感があるやらないやら。とりあえず、一方的にこっちばかりが優勢な立ち会いは、
「………っっ!!」
「ひぃいぃぃぃっっ!!」
その進が、再び思いっきり頭上へと振り上げた鉄パイプの刀が、唸りを上げたる疾風を伴って振り下ろされて、
――― ごがきぃいぃぃぃっっ!!
それはそれは凄まじい破壊音と共に、大小様々に堅い飛礫が周囲へと舞い飛んで。どうっという重くて痛い衝撃を確かに受けたムロが、自分の体のどこかが間違いなく砕けたと思ったのだろう、
「ぎゃあぁぁあぁぁっっ!!!!」
情けないにも程がある絶叫を上げたところで鳧がついた。
「…凄げぇ〜〜〜。」
思わずのこと、水町くんが感嘆の一言を呟いたままで眺めていた先。進の振り下ろした一撃が抉ったのは、失神して崩れ落ちたムロの背後にあった…セメントの壁の表面だったのだけれども。そんな堅いものの、表面だけとはいえ削って粉砕したにも関わらず、自分の手や肩がしびれも何もしなかったところもまた、日頃の鍛練の賜物か。勝手に気絶した憎たらしき“誘拐犯”へ、
「………。」
まだまだ何か物足りなさそうに、静かな中、知る人には重々それと分かる憤怒の表情を向けていた進だったものの、
「っ、………進さん。」
ふにゃりと、今にも泣き出しそうな声がして。はっとして振り返った背後のその先から、まだ少しほど緊張が解けないままらしき、覚束無い足取りのセナがそれでも懸命に駆けて来る。可哀想にその細い手首には、武骨で痛々しい手錠がはまったままであり、
「………瀬那。」
パイプだなんて詰まらないもの、とっとと放り出した屈強なお兄様。ほんの少しだけ腰をかがめると腕を伸ばして、飛びついて来た小さな弟くんを、その懐ろへしっかりと掻き抱き、閉じ込める。
「怪我はないか?」
訊けばかぶりを振って見せ。だが、
「怖かっ、たです。そいで…、十文字、くんが…。」
たくさんの怖い想いと、辛い想いをした。卑怯な人を間近で見たし、大切なお友達が自分のせいで怪我をしたし…その誇りさえ踏みつけにされた。
「ぼ…ぼく、も、つよくなる、なりたい、です…。」
えくえくと小さな子供みたいにしゃくり上げつつも、声が涙に呑まれそうになっていても。怖かったのとは一度しか言わず、強くなりたいだなんて言い出すところ、
「おや。」
「おおっと。」
「…ふ〜んvv」
周囲のお兄様方がついつい眸を見張り、微笑ましげなお顔になり。本当の(?)お兄様はというと、
「……………。」
笑って褒めればいいやら、それとも叱った方がいいのやら。何とも言えないお顔になって、やっとのこと戻って来た小さなセナくんの髪を背中を、いつまでもいつまでも撫でていて下さったそうですよ。
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*やっとのこと、一件落着でございますvv
一番書きたかったのが、ぶっつんキレたお兄様と
泣きながら懐ろへ飛び込んで来るセナくんだったなんて、
こんなまで長い話になっちゃうと、なかなか言えたもんじゃありませんて。(苦笑) |